歴史

1922年、日本人用としては国内初。18ホールを備えた本格的なチャンピオンシップコースがここ程ヶ谷に誕生しました。

最初のクラブハウス(外観)1923年建設 1941年焼失

最初のクラブハウス(外観) 1923年建設 1941年焼失

森村 市左衛門氏レリーフ

森村 市左衛門氏レリーフ

井上 準之助氏レリーフ

井上 準之助氏レリーフ

1921
  • 程ヶ谷ゴルフ株式会社設立
1922
1923
  • 18ホールのコースとクラブハウス完成
  • 関東大震災によりコース、クラブハウス損傷
1926
1927
  • 第1回全日本オープン選手権開催、優勝は会員赤星六郎氏
1930
  • 米国のプロ ウォルター・ヘーゲン氏とジョー・カークウッド氏が日本ゴルフ協会の招待により来場
  • >米国プロとの交流
1931
  • 程ヶ谷専属プロ浅見緑蔵氏がプロの宮本留吉氏と渡米
1941
1942
  • クラブハウス復興
1943
  • 時代的背景から程ヶ谷打球会と改称し、終戦まで使用
1944
  • インコースを閉鎖し芝を海軍飛行場のために供出
1945
  • 戦局悪化に伴いコース閉鎖
  • 終戦後米国第8軍のオフィサーズ・クラブとして接収
1946
  • コース開場、米軍の使用に供された
1950
  • 米軍使用中のクラブハウス焼失
1951
  • 平日20名に限り会員のプレーが認められた
1952
  • 接収解除、日米共同使用に
1953
  • クラブハウス落成
  • 程ヶ谷カントリー倶楽部を社団法人に改組
1957
1958
  • 会員鍋島直泰氏ハーフ・ラウンドで2つのホールインワンを記録
1962
  • 所属プロ小野光一氏関東プロ選手権優勝、翌年2連覇
1965
  • 所属プロ河野光隆氏日本プロ選手権優勝、翌年2連覇
1966
  • 新コース建設着工
1967
  • 新コース完成、移転開場
1968
  • 東名高速道路厚木までの開通に伴い横浜インターまで5分の距離となる
1971
  • 米国プロアーノルド・パーマー氏を迎え親善競技
1976
  • 各ホールの距離表示にヤード、メートルを併用(現在はヤード表示のみ)
1978
  • 日米シニア親善競技
1983
  • 新コース管理棟完成(芝や土壌のための研究室は規模、実験装置とも研究施設としては当時日本一)
1992
  • コーライグリーンのサンドグリーン化が完了
1994
  • 練習場付属屋舎完成し、練習場用のビデオ機器設置
2000
  • コーライグリーンを全てベントグリーンに改造
2002
  • 日英グリーン同盟植樹祭を開催
2010
  • 公益法人制度改革三法の施行に伴い、「公益社団法人 程ヶ谷基金」、「程ヶ谷カントリークラブ株式会社」、「任意団体 程ヶ谷カントリー倶楽部」の三者一体体制に衣替え
  • 程ヶ谷基金が「第1回ゴルフ・ジュニア・レッスン会」および「男女共同参画社会推進と少子化対策に関する第1回顕彰事業授賞式」を開催
2012
  • 創立90周年祝賀パーティー開催
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